辺土名高等学校 環境科3年 當山全翔

コロナ禍の影響で久しぶりに再会した折に、とても穏やかな笑顔で東京農大への入学を知らせてくれた。私は彼が同高1年生の頃より交流を続けてきたが、一貫して生き物を愛してやまない真っ直ぐな研究者であった。卒業を迎えるにあたり、これまでとこれからへの想いを聞いた。

辺土名高校へ入学してから今日まで、自分自身成長または前進したなと思うことはありますか。

そうですね、自分はクモがとても好きで、辺土名高校に入学する前は、クモは好きではあったのですが、全然種類が分からなくて、図鑑を見ても南西諸島は日本本土とは環境が違うので、実際に沖縄にどんな種類のクモがいるんだろうかというのが分からなくて、ネットで探すことも難しかったんです。それで、辺土名高校に入学して、やんばるの自然の中に入ってみて、沖縄にはどんなクモがいるのかというを実際に見つけて理解できたこと、そしてサイエンス部という部活を経て、他の生き物に興味がある仲間と交流することによって、様々な生き物について詳しくなったというのが一番大きいですね。僕は中部の出身なのですが、やんばるは中南部とは全く違う環境というか、自然の規模がまるで違うこと自体が僕を育ててくれたように思います。限定的だった好みも、日に日に他の様々な生き物が好きになってゆくのを実感できましたから。

辺土名高校は沖縄県本島最北部で大宜味村饒波に位置する。全国でも希少な環境学科があり、すぐそこにある大自然の中で学べる環境だ。
左:環境学科の東竜一郎教諭。左より2番目:1年生の全翔さん

クモが好きということですが、クモという生き物のどういうところが好きですか。

普通、人はクモを見ても「クモだ」という認識で終わると思いますが、クモはひとまとまりでクモと呼ばれますが、実はクモでも実に沢山の生態系があって、色んな形があります。様々な生息環境に合わせた生態系を観察するととても面白いんです。環境と生態系という繋がりが見えて来てその全てが興味深いです。僕はずっとコモリグモについて調べて来たんですが、コモリグモの種類はほとんど同じ生態系をしていて、歩き回って餌を探しているんです。それなのに、生息環境が多種多様なんです。川辺であったり、砂浜であったり田んぼの辺りであったりしています。同じ生態系にしてその多様性というものに惹かれました。

POLYHEDRA Farmにてサイエンス部の皆さんが作業応援に来てくださった。ほとんどの生徒は生息する生き物に夢中であったが。
真っ直ぐな全翔さんの生き物熱を聞くほど、こちらにも意識の連鎖が起こる。

高校生活3年間の中で特に印象に残っているものはありますか。

それはやはり環境サミットで北海道に行ったことですね。あまりの環境の違いに自分の視野を広げてくれましたから。環境サミットは、毎回開催地が変わるのですが、その場所場所の自然環境に入って生態系を直に観察しながら学ぶというイベントでして、僕が参加する時は北海道に決まって、旅行で京都くらいしか行った経験がないので、とてもワクワクしていたんです。実際に行くと期待通りで、真夏なのにとても寒くて、広大な土地なのに起伏が少なく平地がどこまでも続いている感じでした。そして森が全く違いましたね。沖縄の亜熱帯という気候の常緑でひしめき合っている植物を見てきたものと明らかに違う、スカスカの森で実に歩きやすいなという印象でした。そして当然生き物も全然違っていました。沖縄で見てきた生き物をおそらく一種類も見てないんじゃないかなと思います。すっと見たいと思っていたクモなども見られて、とても楽しかったです。同じ日本という国の中でも、環境の違いや生き物の違いを実際に見れたことの印象が大きな思い出として残っていますね。それがきっかけで、自分も一度沖縄から出て、色んな場所の環境を見てみたいと思うようになりました。

研究資料について相談中。東教諭は生徒達にとって掛け替えのない存在であり、時に友達のように接する。

辺土名高校の仲間たちとの関係はどうでしたか。

実は僕の同級生は、生き物に興味がある人があまりいなくて、そこは少し寂しさを感じました。卒業した先輩達は生き物が大好きな人がとても多かったので尚更ですね。なので、先輩方とは今でもよく交流していて、とても刺激をもらっています。明日も先輩とクモを探しに出かけることになっています。(笑)

サイエンス部の生徒らと接すると、生き物への愛情に驚かされる。生徒それぞれ好みが違い、互いに生態系などを発表し合う。全翔さんは部活長でもあり皆に頼られていた。

希望通り東京農大に合格しましたが、どんな学びに取り組みたいですか。

昆虫好きな僕でしたが、実は最近植物に興味があって、食べられる野草だったり、山に生育している植物などが好きで観察しています。大学のある厚木市の山を探検してみたんですが、植物だけ見ても、もちろん沖縄とは全然違っていて、同じ植物は外来種だけだったように思います。気候の違いで種が変わるというのは植物が一番顕著に出ていると思っています。厚木の方もすぐ近くに大自然があって、沖縄よりも食べられる野草が多いのではないかなと思っていまして、色々と探しながら、そんな野草だけを食べる生活に挑戦してみようかななどと考えています。僕が入る学科は生物資源開発学科なので、そういう意味でも挑戦するべきかと思います。(笑)
僕は小論文が全然ダメでして、その分面接の練習をたくさんしてきたんですが、実際の面接で「学校での学習生活以外でやりたいことありますか」の質問に、厚木、神奈川県の山の中で野草を見つけて食べながらサバイバル生活をしてみたいです。と答えたのですが、それが合格の決め手になったんではないかと思っています。(笑)

質問に対してほぼ迷いはなく、そして楽しい質問には分かりやすく目が輝く。

余談なのですが、全翔さんは1年の頃から話し方や所作が丁寧だなという印象がありました。その辺りは意識してやってましたか。

いえいえ、全くそんなことはないです。辺土名高校に入る前はほとんど話すことすら苦手でしたし、小学校時代はほとんど話さず、話したとしてもかなり声が小さかったと思います。学校も不登校に近い状態でしたし。。そうやって振り返ると、辺土名高校に入ってからクラブの部長になったり、みんなの前で発表したりしましたので、親からは声も大きくはっきりと話せるようになったねとは言われましたね。もし辺土名高校に入ってなかったら、今の自分にはなってなかったでしょうし、大学なんてとても行けなかったと思います。自分の興味に当てはまる学校で本当によかったと思います。好きなことってどれだけでもやれますよね。その経験をさせてもらえたのはすごく大きいです。中学までの自分は、何に対しても打ち込めなくて、ずっとゲームとクモばかりでしたから。中学になってからは、ほぼ学校に行かなくなってしまいました。ある日、母が北部にクモについて学べる環境の高校があるよと勧められたのをきっかけに、学校に通うようになって受験勉強を頑張ったのを覚えてます。でもテストが良い点取れても内申点が悪すぎて、入試はとてもヒヤヒヤしました。(笑)

POLYHEDRA Farmを観察した際に発見した生き物を全翔さんがリスト化してくれたもの。

全翔さんが考える「やんばる」の環境はこうあって欲しいという想いはありますか。

それに関しては結構思っています。世界中でもあると思うんですが、自然の環境というのは人が交わると様々な問題が出てきますよね。外来種であったり、ゴミの問題であったり、密猟の横行だったり。。僕の口からそれが全て悪いという言い方を今は出来ないのですが、人が中心という考えで、自然を搾取するのは自粛して欲しいですね。地球上で環境が良くなるということは恐らくないと思いますが、せめて僕が見た段階のこの自然環境というものが守られればという想いが強いですね。あと、やんばるの自然は珍しいものや新種の生き物が頻繁に発見されたりします。それは沢山の研究者が調査してくれているおかげなのですが、そういう研究がもっと盛んになって、保護することの意識が高くなっていって欲しいです。

「やんばる」という地域は、大人も子供も夢中にさせるエネルギーが存在する。美しさとロマンが見事に絡み合った環境である。

では、全翔さんにとって「やんばる」の魅力を教えてください。

僕にとっては、やはり生物ですね。それから、シンプルにとにかく景色が美しいですよね!辺土名高校の前もCMで使われたりとかしてますが、まずはやはりこの美しい景色が沢山あるというのは一番の魅力なのだと思っています。よく辺戸岬(本島最北端)に行くのですが、海岸植物が多くて花が咲く頃はとにかくキレイです。海見ても山みても花を見ても全てがキレイですね。あと残念ながら僕は一度も見てませんが、クジラの潮吹きも壮大で感動する光景だと思います。

最後に、全翔さんの将来の夢があるなら教えてください。

将来の夢は学芸員になりたいと思っています。学芸員とは違っても、自然に携われる仕事であればそうなりたいと思います。そしてできれば、この沖縄で働きたいと思っています。現在改装中の名護博物館でも楽しそうだなと、よく動画などを観ています。生き物の研究はもちろんですが、沖縄に生息する生き物の存在を記録していきたいというのが強いです。あと、補足になりますが、ガイドアシスタントという仕事を体験させて頂いたのがとても楽しかったので、ツアーの方達に生き物についてガイドしながら沢山の人に生き物について知って頂ける機会を作れるような活動もしたいですね。それはきっと外来種問題やゴミ問題など自然が抱える多くの問題の改善に繋がると思うんです。それをまとめて行えるのが学芸員ではあるので、やっぱり学芸員になって自然の大切さを守って行きたいです。(笑)

生き物の生態系を理解し、友達のように触れ合う。

インタビューを終えて
実に魅力的なオーラを放っていると感じた1年生の彼に、その魅力の正体はなんなのだろうとしばらく見守って来た。生き物について詳しいからというだけではない。彼が3年生になったあたりでようやく理解できたのだが、彼の魅力は、純粋な愛に溢れていることだった。地球上の自然と動物、昆虫、生き物全てへの尊敬の次元が高く、生き物をとことん知るという形でその愛を表現している。知ることが出来れば、守ることにも繋がると知っているからであろう。彼がやさしく生き物と触れ合っている姿を見ると、我々人間の存在は実に小さく、最も儚い生き物なのではないかと語りかけられているような気になる。全翔さんのこれからの人生に、様々な生き物や自然環境が常に呼応していることを切に願いたい。近い将来、より大きくなって沖縄の地で多くの人に生き物の魅力を伝えていることだろう。

interview & text, photography
Shin Ota (POLYHEDRA Lab)